昭和37年にタイムスリップ!

以前にお世話になった きーぼーさんから、実はもう1枚別の写真を提供していただいていました。昭和37(1962)年に阪神百貨店の屋上から撮られたものです。
写っているのは きーぼーさんのお祖母さん(右)と妹さん。アルバムには「妹と、打合わせて、十八日の日よう買物に出かける。子供達はそれゝ留守番させて二人で 思い切り楽しんで買物を沢山した」と書かれています。
そして柵の向こうに阪急百貨店が見えています。今回はこの47年前にタイムスリップしてみましょう。

まずは現在の2009年。

タイムスリ〜ップ‥‥

昭和37(1962)年!

阪急の旧い外壁はまだ「濃紫褐」色ですね。阪急電車の車体色に近いチョコレート色です。※この後昭和40年代の改装で、北館と同じベージュ色のタイルへと張り替えられます

この北館部分は現在もこのまま残っていますね。ただし間もなく取り壊しとなってしまいます。

現在はヨドバシカメラのある場所。当時は国鉄時代の大阪鉄道管理局(大鉄局)でした。
[新之介さんのブログ] 阪急ビルの歴史が解りやすいっす
『阪急梅田駅の歴史 1』 十三のいま昔を歩こう
『阪急梅田駅の歴史 2』 十三のいま昔を歩こう
『阪急梅田駅の歴史 3』 十三のいま昔を歩こう
『昭和27〜28年の阪急百貨店』 十三のいま昔を歩こう
『昭和29年の阪急百貨店屋上』 十三のいま昔を歩こう
[過去記事いろいろ]
『半世紀前へタイムスリップ!』 2005.10.17 Monday
『阪急百貨店の“継ぎ目”』 2008.06.09
『昭和27年の梅田阪急ビル』 2008.09.12
[残された旧館]


解体の準備工事が進む旧館。とうとう防護壁で囲われ始めています。
見納めしとかねば!
[追記:いろいろ拡大]



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タイムスリ〜ップ‥‥

昭和37(1962)年!

阪急の旧い外壁はまだ「濃紫褐」色ですね。阪急電車の車体色に近いチョコレート色です。※この後昭和40年代の改装で、北館と同じベージュ色のタイルへと張り替えられます

この北館部分は現在もこのまま残っていますね。ただし間もなく取り壊しとなってしまいます。

現在はヨドバシカメラのある場所。当時は国鉄時代の大阪鉄道管理局(大鉄局)でした。
[新之介さんのブログ] 阪急ビルの歴史が解りやすいっす
『阪急梅田駅の歴史 1』 十三のいま昔を歩こう
『阪急梅田駅の歴史 2』 十三のいま昔を歩こう
『阪急梅田駅の歴史 3』 十三のいま昔を歩こう
『昭和27〜28年の阪急百貨店』 十三のいま昔を歩こう
『昭和29年の阪急百貨店屋上』 十三のいま昔を歩こう
[過去記事いろいろ]
『半世紀前へタイムスリップ!』 2005.10.17 Monday
『阪急百貨店の“継ぎ目”』 2008.06.09
『昭和27年の梅田阪急ビル』 2008.09.12
[残された旧館]


解体の準備工事が進む旧館。とうとう防護壁で囲われ始めています。
見納めしとかねば!
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Comments
核シェルターではありません。単なる外部足場ですね。
今年の6月に法改正があって、事実上全部覆わないといけないことになってます。万が一にも外部へ落ちないようにの配慮です。
ネットでもよいのですが、網の隙間から何かが落ちると困ります。採光の為に一部メッシュになっているようですが、かなり細かい目のものだと思います。
けさ、阪急前を通ってきました。
http://movapic.com/jusojin/pic/593736
あっという間に全て囲われちゃうんでしょうね。
今日はもう一度見に行こ。
梅田界隈の変貌ぶりはすごいですし、ゴリモンさんのブログコンセプトは素敵やと思います。
私も「オーサカのカタスミから」というブログをやってます。その中に昭和30年代の大阪駅前風景(08.3.30)を1枚だけアップしています。よろしければ見てやって下さい。
http://odamaki1031.cocolog-nifty.com/osaka_no_katasumi_kara/2008/03/index.html
ゴリモンさんときーぼーさんに感謝!です。
しかし、昔はネット張ってなかったんですね(って当然か)。
今もそうなら阪急もう少し撮りやすかったろうに。。
近いうちにまた行かねばです。
「現在はヨドバシカメラのある場所。」の写真で景色を見ている女性2人の間に僅かに白鶴(ハクツル)の広告塔が見えます。
http://f.hatena.ne.jp/keyboar/20090915173639
↑野口昭雄「昭和の鉄道情景」ではっきり写っていました。新阪急ホテル25年史にも写真あり。阪急百貨店50年史の航空写真を見ると、1997年までは代替わりして残っていたようですね。あとすご〜く分かりにくいですが、北館の左上に「テイジン テトロン」の妙な形の広告塔が。北館の写真の範囲をもうちょっと上までお願いします。
こちらに同じ昭和37年の写真があります。
http://www.ne.jp/asahi/hokuso2/hokuso2/html-osaka2.html
ゴリモンさん荷物も拡大して載せてみて下さい、HANSHINの文字が見えるはずです。
阪神百貨店の建て替えは来年秋でしたっけ。寂しい。もうすっかり浦島太郎状態になってしまいますね。
5月に作った私のブログ「きーぼー堂」は今はハルヒの舞台探訪写真がメインですが、そのうち地元西宮のタイムスリップ記事(8年程度ですが)をやってみるつもりです。
撮影日は昭和37年2月18日です。この写真を見付けたのは2年前でした。
祖母を阪神屋上に連れて来てタイムスリップ写真を撮ってみたかったのですが、年のせいで梅田に出てくる事が滅多に無いので、残念ながら北館のあるうちには実現出来そうにありません(祖母の妹はかなり前に亡くなりました)。
新之介さんが書いていましたが、新館の完成で南北で建物の色が違う昭和30年代の再現になりましたね。
子供の頃、阪急で梅田へむかうと、国鉄の線路の下をくぐってから、梅田駅に到着するんです。
あの頃は和服の人も当たり前のように歩いていました。
なつかしですね〜
去年父親が亡くなって、父親の遺品の中から実家で六甲山山上から大阪方面を臨む写真がありました。見事な田園風景の向こうに尼崎や大阪の町並みが見えるすばらしい写真で、引き取ってネットにアップしようと思っていたのですが、母親が「無駄なもの」と思って捨てちゃいました。その写真も昭和37年のもので、しかもカラーでした(驚)。
女性、恐るべし。本当に残念です。都市化する前の貴重な風景写真なのに!