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心斎橋から「そごう」が消える



『そごう心斎橋本店、大丸に売却へ セブン&アイHD』 cash asahi.com
心斎橋本店を南隣の大丸に売却する方針だそうです。突然のニュースに驚いたけど、明らかに苦戦している苦戦していたので やっぱりなーとも思ったり‥‥。

1935年 村野藤吾設計の大阪店が御堂筋とともに竣工
2000年 そごう民事再生法の適用を申請・大阪店「再生させるための閉店」
2003年 旧ビル解体・新ビル起工
2005年 新ビル竣工 心斎橋本店として新装開店
2009年 大丸への売却計画が明らかに

今回でとうとう心斎橋から「そごう」の看板が姿を消します。でも思えば旧建物がなくなった時点でそごうの老舗感は無くなっていたような‥‥。



しかーし。街並みだけを考えれば今回のそごう売却はいい事かもしれない。大丸は売場不足に悩まされる事がなくなり、現建物は残されるだろうから^^; この建物の佇まいと老舗感はずっと残していってくくれないとね。
ついでにちゃらいオシャレは隣のそごうビルに任せて、このイルミネーションは撤去しちゃってくれないかなあ。<個人的な希望です^^;



[ところで]
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場所は変わって梅田、大阪駅西側からの現在の眺めです。三越伊勢丹の入る新北ビルが建設中。背後には、大丸増床工事の始まったアクティ大阪、建替工事中の阪急ビルも見えています。
昨日「報道ステーション」でこの辺りから富川悠太アナが現地レポートをしていました。業界全体が苦戦続きの百貨店ですが、各店が気合いを入れた競争が始まります。全国ネットでも話題になる機会が増えてきましたね。
■船場界隈 > ・心斎橋 | 2009.02.04 Wed | 09:28 | コメント (27) | トラックバック (1)




Comments

そごう本店の大丸への譲渡は非常に寂しいですね。
とうとう心斎橋に百貨店は大丸だけとなってしまいました。
ただこの話を聞いた時、まさか大丸は建て替えを考えないだろうかと嫌な想像をしてしまいました。(そごうを仮設店舗にすれば営業を続けながら建て替え可能に)
素晴らしい建物ですが確かに狭く天井も低く内部の快適さは著しく乏しいのが現実。
他の市内のデパートが増床や建て替えをしているのを、プライドの高い大丸が黙って見ているのかなとは思っているのです。 このそごうの店舗だけで満足してくれれば良いのですが・・・・・。まぁ、素晴らしい建築物ですので簡単に建て替えは出来ないでしょうが。(耐震性は大丈夫でしょうかね? 人が大勢集まる場所ですからそれだけは心配)
チコ | 2009/02/04 10:37 AM
びっくりしましたね しかし2000年の段階でそごうは終わってたんでしょうね これで大阪の百貨店業界はH2O高島屋連合とJFLのしのぎあいになってきたなぁ イオンとファミマも提携するそうだし みんな生き残りに必死だね スーパーも2000億の規模が無いと生き残れないといわれています これからまだまだ あっと驚く合併や事業提携が出てくるんでしょうね
seemo | 2009/02/04 11:05 AM
これで大阪は超大型百貨店の競争となり、熾烈です。
立地としてはミナミ、特に心斎橋が一番厳しいです。
梅田だけでなく、天王寺にも近鉄百貨店だけでなく、大型SCと専門店ビルが大集積しますので、一大脅威です。
それがそごうはともかく、大丸の危機感につながったのでしょう。
大丸前の御堂筋周辺は、一番好きな場所で、御堂筋ブランドストリート、アメリカ村との連携で、関西のファッションの中心として今後も発展するかどうかは一番店の大丸の増床後にかかってきたといえます。
個人的にはそごうでは劇場と戦前の町並みを再現した名店を集めたフロアは引き続き残してほしいです。
非常に楽しい百貨店でした。
大阪淀屋 | 2009/02/04 11:43 AM
このケースは個人的に妄想していました。
両社にとって、そして大阪の街にとって、ベストの経営選択だと思います。
muganji | 2009/02/04 01:01 PM
はじめまして。
当方何度か機会があって大丸のバックヤードに入ったことがありますが、相当痛んでる様子でした。またシステムの近代化に建物が追いついていないようで、何カ所も壁、天井に穴を開けて配線を通してるところがありました・・・。穴は無理矢理あけたような感じで、きちんとした施工のもとあけられている感じではありませんでした。

新築しなくても良いとは思いますが、耐震化含めた本格的な改修工事が必要でしょうね。売り場も確保できそうですし、早いうちにやってほしいです・・・。
Slava | 2009/02/04 01:24 PM
なにわ遊覧百貨店と銘打ってましたね。太鼓を練習していた店員さんはどうなるんでしょうか。
そごうはお帰りなさい第一号と言っていた太田知事も消えちゃいましたし・・・時代の変化は容赦ないですね。
個人的には大丸南館の再開発とJフロント本社の大阪移転を期待してます。
ぽてちん | 2009/02/04 02:21 PM
完全に時代を見誤ったのでしょうね。
残念です。
京都関西グルメ本 | 2009/02/04 03:22 PM
現大丸は 建替えるべきだと考えます。
(また、皆さんに怒られるかもしれませんが・・)

そごうが手に入ることは、この意味合いでしか大丸にメリットがないのではないかとさえ思います。

つまり、大丸として店舗営業を(大丸として現そごうの店舗を使って)継続しながら阪急のように建て替えるために、大丸の現店舗は小さい。そごうの床があれば・・・・・

バックヤードのお話もありますけれども、地震で倒壊(三越は倒壊じゃなく、もたないので解体したわけですし)しても困るわけです。今、新築を考えても、設計に1-2年はかかるでしょうから方向性は出してほしいなと思います。
あすか | 2009/02/04 05:35 PM
何年か前の日経夕刊に、大丸心斎橋建替えの記事が一面トップで出ていました。

売場面積で他店に劣る大丸が、まず、南館を周辺部と一緒に建替え、その後、本館を外壁を残して高層化し、5万平米以上の規模で生まれ変わるという内容でした。

着工は2011年以降の予定。しかし、今度のそごう吸収でこのプランも変わるかも知れません。

2000年12月閉店時に三越に売却すればよかったのにと、
本当に悔やまれます。

三越進出の記事が出たとき、心斎橋筋商店街の会長及び店主の皆さんの喜びの声が、新聞に出ていました。
今頃言っても何もならないけれど。
タツヤ | 2009/02/04 07:38 PM
二度目の書き込みになってしまい、すみません。
皆さんのコメントを読んで、ふと大丸本館を移築し耐震補強を施して美術館に出来ないものかと。
確か大阪は膨大な美術品を抱えているが展示する場所が無いと聞きました。 WTCに府庁を移転させ、跡地にこの大丸本館を美術館として移築して素晴らしい美術品を拝ませて頂く。駄目でしょうかねぇ・・・。
チコ | 2009/02/04 08:07 PM
こんばんは、
そごうが撤退して大丸が増床となるのでしたら、ヴォーリズ設計のネオ・ゴシック調の現本館の去就が注目されますが、全面的に改築〜改築中のうめだの阪急ビルの如く〜して旧建物のイメージを引き継ぐか、若しくはなんばの南海ビル〜高島屋〜の様に大改修して残すかとなると考えられますが、どうなるのかですね。
個人的には南館を改築するさいには、かつてこの場所に存在した旧三和銀行の心斎橋支店の建物の外壁を低層部分に復元すればホンマに嬉しいのですがどないでしょうかな!?
ほな、この辺で失礼します。
おくらと | 2009/02/04 08:35 PM
そごうがなくなるって寂しいですね...
今の時代だから仕方が無いって思うけど、もうちょとがんばってほしかったなぁ〜...と思います。
阪神電車も3月20日に難波に来るので、えびす橋商店街〜心斎橋筋には人が増えるだろうからもう〜ちょとふんばってくれたら売り上げ上がったかもしれないのに...
梅田も天王寺もこれから発展していきます。大阪、ミナミも今が一番頑張り時やと思いますやんか、ね。
どんどん地元を盛り上げていきましょっ!!
たろさん | 2009/02/04 09:42 PM
そごうのしかも心斎橋本店をまさか3年で売却とはビックリですが、いろいろと理由はあるが残念の一言です。
私も心斎橋そごうは新しくなって一度、行ったことがありますが、隣の大丸と比べて人の少なさにビックリしました。
でも、ここのそごうの屋上庭園から見る大阪都心の風景は圧巻です。
個人的には心斎橋にはそごうと大丸が並んでいるのが一番の理想ですが、売却はうまくいくのでしょうかね・・・
そごうに関しては書きたいことがまだあるのですが、今回はこのへんで。
キンキ | 2009/02/04 10:22 PM
個人的に
JFRとミレニアムはくっつくんじゃないか?と思っています。
セブンにとって傘下にミレニアムを持つのはそんなに
メリットがあるとも思えないし
社会的影響は別にして
新聞記者が放送記者を下に見ているように
百貨店マンというのはスーパーを下に見ているものです
セブン傘下はミレニアムの社員にとっては
好ましくないでしょうしねw

大丸は旧そごうで仮営業しながら
本館の階数を減らすなどの
耐震、改装をしないともう限界ですね
市丸 | 2009/02/05 08:17 AM
そごうが大丸になるとすると本館と繋ぐ通路ができるのでしょうか。大丸は階高が低いので同じ階で繋ぐのは難しいそう。ざっと見た感じそごうの6階と大丸の7階が同じ位の高さ。中間辺りで繋ぐとすると大丸からは昇り坂になりますね。直ぐにはなくともやはり将来的には改修や建て替えが必要になってくるでしょうね。
福島区民 | 2009/02/05 10:40 AM
よくわかりませんが、報道によって微妙に表現が違うのですが、「大丸を傘下に持つJ.フロント リテイリング<3086.T>に売却する方向で交渉」って書いてるところもありますし、それだったら、そごうブランドはそのままのこるってことは考えられませんか?松坂屋って線はないとは思いますが。どうなんでしょう?
ikenobo | 2009/02/05 11:19 AM
そごうブランドはセブン傘下のミレニアムリテイリングが
運営していますからそごうをJFRが運営することはないです。
ミレニアムはそごう・西武となりますがセブンが
そごう・西武を手放しJFRと統合する可能性はありますが。
市丸 | 2009/02/05 11:46 AM
大阪店と同時に閉店した奈良そごうは、イトーヨーカ堂が購入し、その後ミレニアムとセブンアンドアイの統合に至ってます。
心斎橋は建て替えてそごうとして存続したものの、最終的にセブンアンドアイから切り離され、売却。奈良はそごうとしては存続できず、イトーヨーカドーになったものの、セブンアンドアイグループの店舗としては存続。
皮肉なものです。
奈良人 | 2009/02/05 11:47 AM
門外漢にはタイミングよく、面白い読み物です。
《日経ビジネス 最新号 特集》
http://business.nikkeibp.co.jp/nbs/nbad/
http://business.nikkeibp.co.jp/nbs/common/back/20090202_01.pdf

>>2006年6月にミレニアムはセブン&アイの子会社になった。だが、ミレニアムの経営陣とセブン&アイ本部の間では、長らく”冷戦”が続いた。
 非日常の世界で勝負する百貨店マンのプライドは、グループから距離を置き、"干渉”を防ぐ行動に表れた。この間、セブン銀行はミレニアムからこんな理由でATM の設置を拒絶された。
「(セブン銀行の)赤いATMは百貨店には似合いませんので」。
 だが、結果は伴わなかった。紆余曲折の末、百貨店の独自路線を貫こうとしたミレニアム前社長の佐野和義と幹部数人が、業績不振の責任を取る格好で2008年9月にミレニアムを去った。結果としてミレニアムが向き合わなければなくなった現実。それは2008年2月期まで2期連続営業減益に象徴される惨憺たる営業成績、同業他社に解を求められない百貨店業界の構造不況、そして収益貢献度の低い百貨店を傘下に持つ意義をセブン&アイに問う株主の声だった。・・・・・・など。

 なんとなく背景が分かるな〜、必死のパッチの当事者と違い、建物の保存などを話題に出来るわれわれは、ある意味幸せかも。



 
pinboke_planet | 2009/02/05 12:08 PM
そごう本店売却は、降って沸いた様な報道でびっくりしました。

でも、これはしょうがない事なんだなーと思いました。

大丸心斎橋店新館として生まれ変わり、本館は建て替えられるでしょうね。Officeビルとして建て替えればいいと思う。
Dennis | 2009/02/06 03:37 AM
心斎橋大丸の美しい近代建築は御堂筋の格調高い
通りにマッチしていますね。
御堂筋ブランド街で目立つのが心斎橋大丸の建物です。
アキラ | 2009/02/06 06:43 AM
どもどもどもです。
まとめてのレスになっちゃいますが、ごめんなさい。

まず確認ですけど、今回は「そごう心斎橋の土地と建物を大丸に売却交渉中」って事ですね。そごうの看板のまま大丸が運営するって事はないです。
しかし新生そごうは何がダメだったのかなあ。個人的には「なにわ遊覧百貨店」のコンセプトも好きだったし、ターゲットを団塊世代メインに絞ったのも間違いじゃないと思うし、各所のデザインも好きだったのだけど‥‥。やはり「老舗感」が薄く感じたのが原因なのかなあ。

大丸の建物はかなり老朽していそうですね。今回いただいたコメントでも「建て替えやむなし」の意見が多いけど、なんとか補強して残していってほしいなあ。まずは(敷地は広くはないけど)南館を建て替える事もできるし‥‥。
現・大丸の取り壊してしまうのは、そごうと同じく「老舗感」も失ってしまいそうで怖いです。
ゴリモン | 2009/02/06 09:55 AM
ゴリモン様
そごうはコンセプトは良かったのですが、品揃えが良くなかったのです。中途半端でした。更に梅田や難波、天王寺のターミナル立地と違って流れの客が少なく、立地も良くないのです。立地が良くないのに品揃えが良くないとなれば、オープン当初から結果は目に見えていました。
紳士服売り場をみても、他の売り場をそうです。
売り場が狭くても繁盛している専門店のセレクトショップのような魅力がなく、いつ行っても地下と上層階以外は客が少なかったのです。売れない店には取引先も力を入れないので、ますます悪化します。
もともと大阪で40000屬任和湘垢望,討詭ノ呂△詆寛濺垢郎遒譴覆ったのです。
閉店期間に外商の客も離れていたのでしょう。
大丸はやはり老舗で固定客が多く、外商も強いのでそれなりの売上を上げていますが、限界にきています。
ですから、絶対に二館体制で、運営しますし、建て替えはしないでしょう。そんな資金力はないはずです。
大阪淀屋 | 2009/02/06 11:25 PM
大阪淀屋さん、どもです。
ターミナルではないけど人の集まる場所なので立地は悪くないと思うんだけどなー。どうなんでしょ。だけどおっしゃる「品揃えが中途半端」「閉店期間の外商客ばなれ」は大きな原因なのでしょうね。
心斎橋の場合、近くに直営店があるブランドも多いので路面階にブランド店を配置する方法もやや間違っていたのかなあ?とも思ったりします。

大丸は建て替えする資金力が無いとのお話にちょっと安心しました。<おいおい^^;
でも梅田店も増床工事で家賃もあがるだろうし、今回のそごう本店買い取りでもうええやんと思います。現建物は取り壊さないで〜。
ゴリモン | 2009/02/10 08:31 AM
 元々バブル期に今の南館裏の心斎橋側周辺店舗(大丸路面店)を数件買収出来た時に南館を建替える計画がありましたね。最近も建替え計画が噂されていまして、あのブロックはほぼ買収済みですので残りの地権者数名と、時間の問題だったようですが...。 これでまた計画は変わるようですね。

 大丸の建物について話題がつきないようですが、タツヤさんがおっしゃっているあの日経の記事は社内での希望的観測から漏れたものと聞いております。建替えてしまうとただの百貨店になってアイデンティティーが崩壊して商品力が落ちれば三流百貨店になってしまうから意地でもそれは出来ないとの話も聞きましたが...。 

 建物については戦災で焼夷弾が落ちまっくって5Fより上は全焼しています。なくなった床はデッキスラブがのせられたりしています。ただ火災を見越して戦時中に吹抜けをつぶしているので下の階は落ちた床の交換ですんでいるようです。

 戦後物資のない中、柱は当然補強されています。元々750mm角の細い柱でしたが、アングルでクロス状(線路でみる架線の鉄塔のような形状)に補強した上に四隅にそれぞれ300mm程度の鉄骨柱を建てて補強しています。建物の心斎橋側はこの様な補強がされています。

 ただ元々の構造自体は当時のニューヨークオフィス式の大梁にマットスラブというコンクリートパネルを載せたプレハブ式で同世代の建築のような小梁がなく、柱も垂直ダクトを入れるためコンジット埋め込みの空洞柱になっていますので地震のないNY式の建物なので不安要素はあります。

 柱が太くならないように送風容量は低く抑えられていますけど。補強された心斎橋側半分に比べ、御堂筋側半分はあまり手が加えられていないので廻りに炭素繊維を巻くか、鉄板を巻いてしまうかの補強が必要だとはおもいます。ダクトについてはあすかさんがに聞いてね。

 旧設備が躯体内部におさめられているため当時の最先端の設備が逆にあだになっています。
 他の百貨店は後から冷房をつけたりしているので設備が表に出ているので、見た目は不細工でも設備交換は容易です。

 同じ補強方法だった高島屋日本橋店は数年前にかなりのコストをかけて外壁内部にブレース補強と柱は、鉄板巻きと炭素繊維巻き、床コンクリート補強と、売場改装中にすこしづつ行いました。

 しかしせっかく補強した村野さん設計部分は取り壊して建替えるようですね。正面は文化財登録されたので更に工夫した補強で残すようですが...。

 あすかさんが旧三越大阪店は倒壊ではなくもたないので解体したととことですが、辞められた設備担当者の方の話では充分補強修理は可能だったとのことです。建築会社は補修でやる気満々、ただ設備維持費が全店中1番で金食い虫の店舗とされていて補強は新築並みに費用が掛かるので大鉄局に出店できるから今なら高く売れるからつぶすことになりました、とおっしゃっていました。 なので立て替え後は2年限定予定の仮設店舗だったのですが、入札出来ず長期使用となって閉鎖に追い込まれてしまったのです。地震で落ちかかった外壁を応援で社員で手分けしてロープで引っ張っていたあの頃がなつかしいです。
 建築諸元には鉄骨鉄筋コンクリートと書かれている文献もありましたが、本館堺筋側半分は外壁が煉瓦積石貼だったのでかなりの補強が必要だったでしょう。

 Slavaさんがおっしゃっていた件については今の天井の中に昔の天井がありその上に更にその上と
 3重4重にも天井があるところもあって1部を取ってしまうと上の天井を何層も取ってしまわなければならない場合があるからですね。

 4Fを例にすると一番低い天井で2150mm高い所で2750mmと3200mmの高さですが実際の天井の高さは約3744mmあり、階高で3944mです。その間に昔の天井が隠れています。天井全てめくってやり変えるとなると、昔の豪華な漆喰装飾をめくってアンカーボルトを打たないといけないので少し上に隠れている天井の構造+最小限に躯体にアンカーを打って極力本物の天井に傷をつけないようにしているので一見アバウトすぎる配線に見えると思います。

 昔大先輩が1F大改装の時何十年振りに天井をはぎ取った時、何層もあった天井から豪華な漆喰レリーフが出て来て急遽その天井を活かした内装に変えた事があるのですが、その後NYの設計チームにデザインで改修された時に無惨にもはぎ取られてしまって今は階段状の折れ天井になっています。(内部に一部残っていますが。) 今は店舗の差別化を図るのに商品で差がでないためにアイデンティティーを昔の設計意匠から引用する事が多くなっていて、この反省からしつこい位に、ヴォーリス風意匠の再現と称した内装を復活しつつありますが、当時の実務設計者の佐藤久勝氏が竣工前に急逝されたので、パターンはヴォーリス風ですが設計意図が継承されなかったために昔の内装を知っている人にはこういう解釈をしたの?と思う所も少々あるかな...。
 伊勢丹本店も2年くらい前の大改装の時に昔の設計図書をもとに気がつくかつかないくらいの所に建築意匠の引用を取り入れているのですが隠しシンボルが"孔雀"と葡萄のため
 とうとう取り入れられませんでした。大丸と同じ三菱系なので合併話もあったので実現していれば、改装意匠に入っていたかもしれませんね。

 大丸の店舗を残すには国は無理でも大阪府か大阪市が指定文化財にするしかないですね、
 大阪が行っている登録文化財制度では持ち主が自由に登録解除できるので登録文化財が次々と壊されています。東京のように指定文化財にすると改修や、復元費用を自治体が負担しなければならないので大阪は商業施設の文化財がありませんね。 日本橋三越は改装に併せた改修の時ほとんどが東京都の資金で復元したのに。(日本橋高島屋は大阪資本なので自力で一部復元した後、文化財指定になったので都のお金は使われていません。)

 福島区民さんが指摘されていた高さですが、発表されている資料上ではそごうは階高(旧B3Fが3050mm現地盤とピット)B2Fが4500mm、B1Fが6400mm1Fが6000mm、2Fから13Fまでが4900mmあり、大丸側はB3F、B2F、B1Fが3171mm、1Fが4850mm、2Fが3969mm、3F、4F、5Fが3944mm、6F4014.75mm7Fは御堂筋側3030mmと心斎橋側5151mmとなっていて、高さが近いのはそごうの4Fと大丸の5F。そごうの5Fと大丸の6Fそごうの7Fと大丸の屋上、そごうのB1Fと大丸B2Fとなります。南館の南側にあるJTBビルは実は南館と繋がっていますので、そごうと繋がるとかなり長い連絡通路になりますね。

 気になるのは景気後退で大丸本社1Fにあった大丸路面店Jクルーがレナウンとの契約切れで撤退後半年経っても埋まっていないし、今そごうの東側に入った旧香川県大阪事務所ビル跡を大丸路面店として工事中なのですが、不況で出店中止なんてことがないようにお願いしたいものです。そごうパーキングも1Fを路面店に改装するとかなんとか頑張ってほしいです。

 地下鉄心斎橋駅のスポンサーを大丸が降りたようでアナウンスが"次は大丸・そごう前"から"次はそごう前"に変わってから久しい。今後はただ"次は心斎橋”とアナウンスされるだけで、交差点名もそごうの名前がなくなるのでしょうね。 

 PS.そごうオープンの時はかなりの力の入れようで、ディスプレイはNYのデコレーションチーム(ゲイのお兄様方達)が大挙してやって来て日本人スタッフはあまり手伝いさせていただけなかったのを思い出します。

 柱装飾のビースの数や花のモチーフのバランスがどうしようかしら!って、喋ってばっかりで仕事遅っ!!と日本人スタッフのお姉様方がオープンに間に合わない!とお嘆きになっておられましたが、あれから一向にディスプレイも変わらず、鮮度が落ちていました。

 ただSWISSのシュレッピーマネキン(名鉄のナナちゃんを作ったメーカーです)を日本で初めて大量に使い、何十年か振りに日本でヒットさせた功績は大きいのです。(本格的にヒットとなったのは伊勢丹がウィンドウにいれてからですが。)

 今は業界No.1のロンドンのアデルマネキンよりもシュレッピーがあと1.2年はトレンドなので中国からの違法コピー品が街中にあふれてあきられるまではマネキンのトレンドを変えた店舗として業界では記憶に残るでしょう。
ぽり | 2009/02/27 02:21 AM
アップロードしたらミリメートルが文字化けしてしまい&#13212;に変換されてしまいました。
長い文章がよけいに長くなり失礼しました。
ぽり | 2009/02/27 02:31 AM
ぽりさん、ども。
いつも丁寧な解説をありがとうございます!


しかし大丸の建物にも凄まじい歴史があるのには驚きです。部外者に僕は気楽に「保存しといてよ」と言ってますが、残すのも大変な苦労があるのですね‥‥
だけど「建替えてしまうとただの百貨店になってアイデンティティーが崩壊する」という意見もよく解ります。ある意味、お隣のそごう本店のアイデンティティーはそうやって消滅してしまったのかも。

だけど、新生そごうの3年半の検討は決して間違いではなかったと思います。百貨店がアイデンティティーだけでは成立できないご時世に民事再生→イマドキな百貨店として新生、軌道修正も続けたけど駄目だった‥‥。百貨店にはお寒い時代によく頑張ったと、そごうファンも検討を讃えたくなる結末なんじゃないでしょか?<勝手な解釈

旧三越大阪店は補強修理が可能だったのですか。当時のニュースでは阪神大震災での損傷が致命傷になったとかニュースになっていましたが実際は違ったのかな。まあすんごい手間と費用がかかってしまったのかもしれませんが‥‥残念ですね。

地下鉄のアナウンスは全く気付いていませんでした。いろいろと面白い情報をどもです♪
#文字化けは独断で修正をさせていただきました。
ゴリモン | 2009/02/27 11:26 PM

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百貨店のビジネスモデルは昭和と共に終わっている | かきなぐりプレス | 2009/02/04 12:52 PM
破綻したそごうが心斎橋本店を全面建て替えして、再スターとを切ったのは今から3年前の9月。オープン当初は長蛇の列ができて入場制限を強いるほどだった。物珍しさから何度か足を運んだが、その熱気も秋風と共にフェイドアウト。今は目の前は何度も通るが中に入ることはない。欲しいものがない。定価販売なので高い。ハ...