大阪中央郵便局、これは雨漏りですかね???
梅雨ですねー。毎日雨が続きますねー。鬱陶しいですねー。
大阪中央郵便局です。昨日屋上にこんなものを見かけました。
なんとブルーシート。これはやはり雨漏りでしょうか???
夕方には撤去されていたのですが、1939(昭和14)年の建物だし傷んできているのかなー?とお節介な心配をしてしまいます^^
『モダン建築を観光資源に──大大阪の夢(7)』 日経ネット関西版
中央郵便局といえばこんな記事がありました。
建て替えの計画に対し保存を求める声があがっているというニュースなのですが、「白タイルの予定が灰色になったのは空襲を想定して目立たなくしたからであり貴重な戦争の遺産ともいえる」のだそうです。これは初めて知りました。面白いですね。
何でも建て替えりゃいいってもんじゃないと思うし、古い建物全てに価値があるとも思わない。建て替えに賛否の声のあるこの建物ですがどうなるのでしょうね。(僕は少々傍観モード^^)
関連エントリー:『いつもと違う視点で見上げてみる』
大阪中央郵便局です。昨日屋上にこんなものを見かけました。
なんとブルーシート。これはやはり雨漏りでしょうか???
夕方には撤去されていたのですが、1939(昭和14)年の建物だし傷んできているのかなー?とお節介な心配をしてしまいます^^
『モダン建築を観光資源に──大大阪の夢(7)』 日経ネット関西版
中央郵便局といえばこんな記事がありました。
建て替えの計画に対し保存を求める声があがっているというニュースなのですが、「白タイルの予定が灰色になったのは空襲を想定して目立たなくしたからであり貴重な戦争の遺産ともいえる」のだそうです。これは初めて知りました。面白いですね。
何でも建て替えりゃいいってもんじゃないと思うし、古い建物全てに価値があるとも思わない。建て替えに賛否の声のあるこの建物ですがどうなるのでしょうね。(僕は少々傍観モード^^)
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Comments
高層ビルファンとして立替え希望です。ハービスエントがオープン、ギャレウエストもオープン。なんかあの一角だけ違和感感じます(笑)
灰色は空襲を避けるためだったんですね。でも今となっては色が重々しいだけ(^^;)
私もお節介な心配してしまいます。
残さないといけないようなくらいの美しさは感じませんが。。。
この建築を壊すのは大反対!だってカッコいい!1900年代初頭のドイツ建築を思わせる雰囲気で、国際様式の色が濃く出ていて日本全国的に見ても貴重な財産だと思うんですがね。↑のみなさま!悲しいこと言わないで〜笑。
いやぁ、この大阪中央郵便局は建築を勉強したことがある人には人気なんですよ。東京のそれと比べても劣らないくらいにね。
タイルの色が白か阪急百貨店と同じ色(黄色?)などとなっていたら、それはそれでよさそうです
灰色の利点は、街の雰囲気を落ち着かせる、というところでしょうか
特徴ある建物なので保存を求める声があるのも分かる気がします・・・
敢えて残すのもいいかもしれません。
周りの建物がほとんど変わるから・・・
そして、初めてトラバさせて頂きました。
大雨でも夜間は出ていないので、どうも雨漏り対策ではなく屋上の通路の屋根代わりっぽい気もします。
郵便局の建てかえについてはやっぱり賛否わかれますよねー。
阪急ビルの時もそうだったんですけど、僕は「建物はかっこええけど梅田の中心地だけに新しいビルも見たくもある。とりあえず今ある建物の姿をしっかり見てあげよう」というスタンスです。中途半端でごめんなさい^^;
(以前の記事でも書きましたがこの辺りは新旧の建物のコントラストが面白い場所です♪)
≫メッシさん
古い街並みの写真をよく見るんですけど、この姿が変わらずドーンとあるのは頼もしくもあるんだけど、
そうですか。中は凄いですか^^; 築70年近いんですもんねー。
≫(ハ)さん
確かに美しさはないですねー。
この迫力、そして歴史的な価値が立派なんでようね。
≫mottiさん
建築を勉強したことがある人には東京の中央郵便局と“対”で人気なんですよね。
僕もこの重厚感が好きです。
しかし大多数の人には「渋い」が「汚い」と見えるのが難しいところ‥‥
≫誰かさん
すごーく個人的な事なんですが、僕はタイル仕上げが好きなようです。
隣の大弘ビルの黒い壁面にも「萌え〜」となってしまいます^^;
あ、ホームページ開設おめでとうございます♪
≫めがね丸さん
建て替えるとなると現在の郵便の機能は郊外に移転するかもしれません。
しかし現状の建物は内部も老朽が進んでいるようです。
実際に現地で働いてはる局員さんはどう思っているんでしょうね。
≫まつさん
TBと紹介をありがとうございました。
なるほどー。うまいこと外装を残してリニューアルするのは面白いですね。
戦前から大阪駅前を見てきたんだし博物館&商業施設ってのもいいかも。
≫m-louisさん
このグレーに歴史的背景があったのは意外でした。
しかしこのグレー故に人によっては薄暗くボロく見えてしまうんだよなー‥‥^^;
高校生のとき初めて海外へ手紙を出すために訪れたのが最初です。ほかでは受付けてなかったように思います。
急ぐのだけ航空便で普通は船便でしたから、物価にくらべてまだ料金は高かったかもしれません。
会社などにはテレックスがあったと思いますが、一般家庭が使える海外への唯一の通信手段は手紙、全校生徒の名簿の電話欄にまだ空白や(呼)=つまり近所のお宅に呼び出してもらう=が見られ、市外通話なんて殆んどいつ繋がるかわからない待時通話、料金面でも国際電話はとんでもない時代だったと思います。
それが今や携帯やメールでいとも簡単に・・・・太古からの通信手段「狼煙」なんて何百年も同じなのに、この50年の進化はなんでしょうね。
ついでに言えば・・・15年前、WestMarineなど海外の通販はFAXか郵便が主流、でもFAXはまだ大きく高価なので当時の会員数30万人程だったNiftyのパソコン通信のFAXサービスを利用してました。円高もあり、国内で20万円近いマゼランのGPS(湾岸戦争で米兵使用のヤツ)が確か6-7万円で買えましたが。
それがいまや全てインターネットで・・・・・・考えてみりゃー大変な時代に生まれたもんですわ。
何歳かって?---マァ、この建物とほぼおない年ってとこですかね。建築史では貴重なビルのようですが、個人的には特に思い入れはありませんね。
50年前の生徒名簿は兎も角、15年前のNiftyでもIDと氏名は公開でしたから、個人情報に対する考え方も随分変わりましたねー。