道頓堀極楽商店街/ラズ心斎橋
ちょっと前になるのですが、久しぶりに道頓堀極樂商店街に行ってきました。4年前に道頓堀にオープンしたフードテーマパーク。残念ながら3月いっぱいでの閉鎖が決まっています。
存在は知っていても中に入った事が無い人も多いのではないでしょうか(という僕もオープン時以来だったのですが^^;)。見納めがてら写真をいっぱい撮ってきたんでずららと並べてみますね。
建物の3フロアを使った施設のデザインは“大正〜昭和の大阪の街並み”がモチーフとなっていて、細かな部分まで作り込まれています。質感にかなり気合いが入ってます。いたる所にある看板や広告物もリアルで、実在したのレプリカも多そう。
何年か前にフードテーマパークが流行って各地に昭和レトロな施設が登場しましたが、コンセプトが曖昧だったり作り込みがチープだったり(たぶん予算も少ない)と中途半端な感がありましたが、この極楽商店街は結構レベルが高いと思います。
ブームの元祖となった新横浜ラーメン博物館の設計者や、大阪出身の人が多く携わっているおかげでもあるのかな、僕的にはかなり点数が高いです。3月で閉館とは残念だなあ‥‥。
一日に何回かホールでお芝居が始まったりします。
まいどー!おおきにー!とやや観光客向けの演出^^;
オープン以来ずっと300円の入場料が必要でしたが、先週から無料になったそうです。少しでも興味のある人は見納めしとくべきたと思いますよん♪
[ラズ心斎橋]
戎橋の傍のキリンプラザ跡です。旧建物は完全になくなっちゃいました。
『都市型商業ビル【名称:Luz Shinsaibashi(ラズ心斎橋)】着工及び核テナント決定のお知らせ』 丸紅のリリース
『キリンプラザ跡地「ラズ心斎橋」の核テナントに「H&M」−関西初出店へ』 なんば経済新聞
H&Mやら飲食店の入った商業施設が建設されるそうです。終日すんごい通行量のある場所なので賑わいが期待できそうですね。
ただ「ラズ心斎橋」ってネーミングには少し違和感。ちゅうかかなり違和感。横にあるのは戎橋だよ、心斎橋はもっともっと北だよお‥‥
存在は知っていても中に入った事が無い人も多いのではないでしょうか(という僕もオープン時以来だったのですが^^;)。見納めがてら写真をいっぱい撮ってきたんでずららと並べてみますね。
建物の3フロアを使った施設のデザインは“大正〜昭和の大阪の街並み”がモチーフとなっていて、細かな部分まで作り込まれています。質感にかなり気合いが入ってます。いたる所にある看板や広告物もリアルで、実在したのレプリカも多そう。
何年か前にフードテーマパークが流行って各地に昭和レトロな施設が登場しましたが、コンセプトが曖昧だったり作り込みがチープだったり(たぶん予算も少ない)と中途半端な感がありましたが、この極楽商店街は結構レベルが高いと思います。
ブームの元祖となった新横浜ラーメン博物館の設計者や、大阪出身の人が多く携わっているおかげでもあるのかな、僕的にはかなり点数が高いです。3月で閉館とは残念だなあ‥‥。
一日に何回かホールでお芝居が始まったりします。
まいどー!おおきにー!とやや観光客向けの演出^^;
オープン以来ずっと300円の入場料が必要でしたが、先週から無料になったそうです。少しでも興味のある人は見納めしとくべきたと思いますよん♪
[ラズ心斎橋]
戎橋の傍のキリンプラザ跡です。旧建物は完全になくなっちゃいました。
『都市型商業ビル【名称:Luz Shinsaibashi(ラズ心斎橋)】着工及び核テナント決定のお知らせ』 丸紅のリリース
『キリンプラザ跡地「ラズ心斎橋」の核テナントに「H&M」−関西初出店へ』 なんば経済新聞
H&Mやら飲食店の入った商業施設が建設されるそうです。終日すんごい通行量のある場所なので賑わいが期待できそうですね。
ただ「ラズ心斎橋」ってネーミングには少し違和感。ちゅうかかなり違和感。横にあるのは戎橋だよ、心斎橋はもっともっと北だよお‥‥
Comments
阪急が梅田を変え、ミナミは不良の溜まり場になり、今は単なる観光地。
又我々の元へ戻して欲しいものです。
御堂筋は変わりつつありますが、メインのこちらがこの有様では盛り上がらないですよ。
再開発をするなら心斎橋周辺全てをやり変えて、古き良き時代のように「やっぱり心斎橋やね」と言わせて欲しいものです。
人気は高い。それでも閉鎖とは!後は決まっていないですか。
心斎橋より道頓堀の凋落はさびしい。空きビルが多いこと。
芝居街に復活できないのかと切実に思うが。
本当にさびしい。
江戸時代や戦前は日本のみならず、世界的な芝居の街であったのに。回り舞台は道頓堀で生まれたのである。
文楽劇場の移転、市立劇場か区民ホール、吉本の新劇場と松竹座があれば、復活するが、夢物語である。
大阪の場合、梅田の阪急、難波の南海、阿倍野の近鉄、千日前の吉本等、推進役がないと街が廃れるケースが多い。もともと道頓堀は松竹が推進役であったが、今は、離れてしまったので、行政か吉本がと思うが、無理であろう。
特に江戸時代日本最高の格式があった中座がなくなったのは痛かった。藤山寛美のような花のある役者もなく、さびしい状況である。寛美がいれば違った街になっていたと思う。
さて、ミナミは御堂筋沿いの大丸やブランドショップがかつての心ブラの役割を果たしていると考えたい。
いろんな顔があって歩いて楽しめる街であり、梅田よりは楽しいと思うが、道頓堀は残念である。
キリン会館が消えて、クラブ・ミヤコならぬキリンプラザが建っていよいよという時に今度はそれも消えてラズ心斎橋=おそらくは心斎橋筋から由来しとると思われるけども、せめて心斎橋よりも戎橋のほうがエエと思います=が建つとはめまぐるしく嗜好変化が著しいのではないかと思います。
今度、私がここに来た時にはどうなるのか楽しみです。
ほな、失礼します。
心斎橋筋に近いことは間違いない。筋を取って
より知名度の高いということでしょう。
恵比寿だったり恵比須だったりするよりややこしくないかも。
でも、心斎橋か心斉橋かなんて論争があるところもあります。
ローソンですが・・・
心斎橋筋一丁目店
西心斉橋一丁目店
東心斎橋一丁目店
心斎橋筋二丁目店
西だけがこういう表記になってます(HP上だけかなぁ?)
(こんなもの、よく見つけたなと感心します)
http://map.lawson.co.jp/c/f/
「ここ八丁堀やん」ってところでも「・・・銀座」とか
ネーミングされてますし地名イメージは
大きいですからね。
戎橋(という橋そのもの)の北半分は、心斎橋筋二丁目に属しているようです。で、ラズの東側前面道路は心斎橋筋二丁目に所在しているようです。
ただし、敷地はすべて宗右衛門町に属しているようでありますね。ラズ宗右衛門町・・・・それはどうかと・・・
心斎橋を欲しがった東心斎橋と西心斎橋が出来たときに、ずいぶん心斎橋の範囲が広がったことでしょう。マンションやビルの名前でも、拡張的(!)な命名されている所も多いですから、前面道路で心斎橋筋に面しておれば文句はないかなと思います。
きっと「H&M」と呼ばれます。
東京では青山や表参道などが風格を備え始め、今や銀座は中高年が中心の街となっていて昔ほど人気の街ではなくなっています。
大阪でも新しく南船場や堀江エリアが栄えて来ていますし、心斎橋は少しずつ過去の街になるのではないでしょうか。
堺筋から御堂筋へ大阪の中心軸が移ったように今度は御堂筋から四ツ橋筋へとトレンドが移ると思います。
オフィスエリアとしてはまだまだずっと御堂筋が中心のままだと思いますが。
≫seemoさん
そういえばスカイビル下の滝見小路もレトロですね。できた15年前当時はまだ珍しかった。
http://gorimon.com/blog/log/eid886.html
↑カールおじさんの立体看板♪
≫チコさん
ミナミは不良の溜まり場、単なる観光地っていうのはちょいと乱暴すぎる性格付けでは‥‥
あんまり悲観ばかりしていても、その時代にあった街は作れないと思います。
ただおっしゃる通りその地域の個性へのこだわりは大事だと思います。だから僕的には戎橋の横のビルに心斎橋と名付けるのには抵抗がりますです。
≫大阪淀屋さん
確かなのは道頓堀は過渡期という事ですね。芝居や劇場の文化が廃れてしまい映画館がその代役となった時期もありましたが、その時代も過ぎ‥‥。
心斎橋筋〜戎橋筋に人の流れはあるのだから、復活のチャンスはまだまだあるはず。頑張ってほしいなあ。
≫おくらとさん
クラブ・ミヤコは20年で姿を消しちゃいましたねえ。
ただ新しいビルはシュッとした外観(2面のスクリーンがかっこよさげ)なので良かったです。
キリンプラザの時もそうでしたが、かに道楽やグリコの対岸までもコテコテでは無い方がええ♪
≫joeさん
僕は地域ごとにいろんな顔があるこそ大阪の魅力だと思うんですけどねえ‥‥。
御堂筋も大阪の魅力の一つですが、道頓堀の街並みも大事な魅力の一つだと思います。
いい意味で“何でもあり”でバリエーション豊かななのが大阪のイメージ向上だと僕は思います。
≫あすかさん
確かに心斎橋筋には面していますが‥‥、やはり「筋」をとっちゃうのは抵抗あるなあ。
ローソンの店名は、単に現在の住所表記に従っているだけじゃないでしょうか。
(仮にキリンプラザ跡にローソンを作ると「宗右衛門町七丁目店」となるはず^^;)
≫ryuさん
たとえば「炭屋町を西心斎橋とかアメリカ村と呼ぶのはけしからん」とか、そこまで古い地名にはこだわってはませんが、橋に基づいた地名の文化は守ってほしいなあと思うのですよ。
だから(しつこいですが)「戎橋」の横に「心斎橋」ってのはちょっと‥‥
≫たまさん
そうですね。一般には「H&M」と呼ばれるそうですね。上階の飲食店も口頭では「H&Mの上」となるのかな。ちょっと気が楽になりました^^
繁華街としての中心軸は移っていくのかなあ。
サントリーの看板は発売当初のキャッチコピーそのままですね、目の前で見ておきたい♪
建物の中のコンセプトはいいと思うんですけどねぇ・・・
外観やテナントなんかが観光客向けに偏りすぎたのも流行らなかった一因ですかね。
現代に残っている昭和の街(廃墟風?)を見ているように古びた感じに
つくられているのでちょっと複雑ですね。
実際に私が過ごした昭和30年代40年代には、(この平成の
現代から見ると今残っている建物などは経年変化で
みすぼらしくなっていても)当時新築だったわけで、
本当はもっと輝いた通りであり街であり建物であったのを
昭和を再現といって、わざわざ古ぼけさせているのが悲しいです
「そうです、私が住んでいた昭和はセピア色ではなかったですよ」
それこそ当時の新築の家の前のゴミ箱ひとつも、また作ったばかりで、
あの独特の防腐剤(?)臭いがして・・・・
じゃー行きます!w
入場料がネックになって、ずっと行ったことありませんでした。
食事だけに行こうにも、300円上乗せではね・・・
≫あすかさん
ローソンは、西心「斉」橋、東心「斎」橋、と異なっている意味だったのですね。
あと「宗右衛門町7」は7「丁目」ではなく7「号」なのですね。
住所表記ってややこしい‥‥
とりあえずローソンの店名は今度チェックしてときますです^^
≫『 こー 』さん
フードパークが世間的に飽きられてしまったのも原因かもしれません。
この近くではパークスにあるナムコの施設がありますが、こちらもなかなか苦戦しているっぽいです。(「浪花麺だらけ」から「ご当地フードパーク コバランチ」へ業態を変えたりして頑張ってはいるようだけど)
≫サイかんさん
言われてみればごもっとも。
リアルな昭和の時代はセピア色でなくむしろカラフルでした。
確かに再現ではないですねえ‥‥。
≫極もんさん
入場料は無料ですが、お値段がやや高めな店もあるので少し注意です。
この日は食いまくったりミュージアムに入ったりしてたら結構なお値段になってしまいました^^;
でもブラブラするだけでも十分楽しいので必見だと思います。
しかし入場料300円というのはやっぱネックだったのでしょうか。
テーブルチャージとか居酒屋の突き出しとかなら、みんな文句をいわず払っているのだけど‥‥。
まあとりあえず、ナムコのテーマパークetc.は「ああ、大阪を知らないデザイナーが机の上だけでやってるなあ」とか感じさせられるのですが、この極楽商店街は結構気合い入ってます。上の写真にもありますが「あ、よう見ると『石原時計店』の広告やん」とか細かな発見がいろいろあります。
ちょっと「コテコテ大阪やで〜」との気が無いわけではないですが、入場料はタダだしとにかく見納めしとくべきと思いますよん。
気持ち良くないというか、心理的に、なんかおかしい・・・
と思えるんでしょうか?
ホテルなら当たり前ですけれどもね。。。。
西心斎橋、機会があればよろしくです。
7号 でなく 7番 です 宗右衛門町7 なら・・・・
(ほんま、細かい話ですいません・・・・・)
だから僕的には生きてる昭和が残る千里はたまりません。
昭和といえば三丁目の夕日ではなく
こちらです。あの映画じゃノスタルジーは感じれません。
「斉」表記で間違いありませんでした。
領収書の住所は「西心斎橋一丁目」
店名は「ローソン西心「斉」橋一丁目店」
でした、公式サイトの表記もこうなっています。
むかいのサンクスは、「大阪西心斎橋店」です。
道頓堀極「樂」商店街
が正解ですね「楽」ではないようです・・・・・
本文もこうするほうがよいかもしれません・・・
どうせ閉店ですけれど。
昔みたいに芝居小屋や映画館が並ぶ道頓堀が復活してほしいですね。
≫あすかさん
宗右衛門町7号‥‥ですね。
心斎橋の店名やビルの表記は僕も改めて現地でいろいろ見てみようと思います。旧体字を使っていない店も多そうですね。
「極樂」と「極楽」は意図的に修正しないでおきます。両方の仮名があると検索エンジンに引っかかりやすいかな?なんて思ったりして(なかなか姑息な発想^^;)
≫ぺんさん
僕的には、三丁目の夕日は東京オリンピック前の成長前夜である昭和30年代、千里は高度成長期まっただ中で大阪万博前後の昭和40年代、というイメージですね。それぞれにいい「昭和」を感じます。
そしてどちらもリアルな当時はセピアに色褪せた物は無かったはずで(白黒写真は多かったろうけど)、サイかんさんのおっしゃる通りだなあと思います。
≫キンキさん
うーん。どうでしょう。
かつてのように娯楽の種類が少なかった時代とは違うので、芝居小屋や映画館の復活を望んでばかりもいられないと思います。もっと駅近くに2つもシネコンも登場した事だし‥‥。また当時と違ってアメ村、堀江、南船場と遊べる場所も広がっていますしね。
もちろん街の歴史は大切にすべきだし、芝居文化の復活にも期待したいです。だけど今は別の新たな仕掛けが必要なんじゃないかなあ。そして観光色が強いのもそれはそれで結構だと思います。
すんません‥‥反論ばっかりになっちゃった^^;
戦前の道頓堀は道頓堀行進曲に歌われた如く、ジャズ、カフェ、芝居の街であり、最先端の大人の、晴れの街である。
戦後も千日前と違い、格式が高く、街に合わない施設は作らせない時代が続いていた。
しかし、朝日座が閉鎖し、そのあとに馬券売り場ができてから、変わりだし、バブル崩壊以後は様変わりしたのである。
今は街自体が極楽商店街に合した形になり、違和感はなくなった。
やはり道頓堀は芝居街として復活してほしいし、上品な情緒のある街として、復活してほしい。
その点では無くなってよいといえる。
心斎橋も同様で、超一等地の商店街にパチンコ屋やゲーム
センターをつくらせる街は情けない。東京も神戸もない。
もっと規制をすべきである。街が寂れるのも当然である。
しかし、今回心斎橋という店名をつけるということは、東京から見ればイメージが良いということなのかと思ったりする。
おかしいのはおかしいが、心斎橋のイメージ回復になれば考える。
心斎橋という店名をつけたのは、東京の人は戎橋を心斎橋
と思ってるからだと、思いますよ。。。
あまり心斎橋という地名にいいイメージだとか具体的なイメージは持ってないと思います・・・・
≫大阪淀屋さん
僕が道頓堀へよく行くようになった頃は既に芝居小屋よりも映画館が並んでいたと思うので、僕もあまり本来の姿を実感できていないかもしれません。気が付けば馬券売り場もあったし‥‥
だけど、派手な看板こそ多かったけど町には現在のようなコテコテなイメージは無かったような気がします。何故だろう‥‥
≫kenさん
いや、「心斎橋」というブランドは大阪以外にも浸透しているんじゃないでしょうか。
戎橋=ひっかけ橋=コテコテというイメージを嫌ったんじゃないかなと僕は思いますです。
いろいろと貴頂な意見ありがとうございます。
まあ、確かに今の時代にあった新たな仕掛けが必要だというのは賛成です。
馬券売り場やゲームセンターはさすがに勘弁してほしいですわ・・・
街の歴史を重んじるのと、新しい時代への対応と、両方のバランスが大切なのでしょ
うね。
ところで道頓堀極樂商店街の施設内には、かつての道頓堀や心斎橋などの町並みを振
り返るコーナーがあります。
確かにすごーく軟派なアプローチだし、観光客向けに妙な“大阪っぽく”を演じてい
る点もある商業施設ですが、大阪入門的にはアリなんじゃかなあ。僕的にはそう思い
ます。
ここにビルが立つことも、H&Mが来ることもしらなかった〜・・・
ひっかけ橋のあたりが綺麗になったのもそのせい?
友達と一緒に「いらんわぁ〜 誰も求めてへんのちゃうんー」なんて言ってましたw
あっこの橋が綺麗になればなるほど、違和感。
誰か喜んでるんだろうか・・・
H&MはZARAとかGAPがあるあたりに出せばよかったのにね。
正直あのへんは高い洋服売れないです。
かつてBALLだのアクアガールだのオペークだのが
できた時期があるけど全部つぶれてるし。
あそこは安いお店じゃないとアタらないと思う。
堀江や南船場の店(ドレスカウンシルやらno44やら)
をごっそりここにアテこむと
今度は堀江の過疎化が進むかもw